「二文字のコトバ」10

以前は言葉に出来ていた『好き』と言う言葉。今は気持ちが大きくなりすぎてお互い

言葉にできない。それぞれ大人になり新たな壁にぶつかる二人。社会人の二人のパラ

レルです。一話ごと交互に視点・シーンが変わります。この回は風早視点でどうぞ↓


今野と店で鉢合わせた風早。今野に店の外に連れ出されたが・・・?


『二文字のコトバ』 1 2 3 4 5 6 7 8 9 の続きです。






























満月の夜、不思議な取り組みあわせの二人が店の前で睨み合っていた。


「アンタ見てると何かムカッときてさ」

「・・・・」


その男は明らかに俺に対して敵対心がむき出しだった。俺はいきなりのことで状況を

飲み込むのに必死だった。でも分かってたんだ。何が言いたいか。


「俺、覚えてる?黒沼の同僚で今野」


・・・分からないワケはなかった。あの夜、爽子と一緒に居た男。

一回街で会ったことがあったけど、爽子は”尊敬する先輩”だと言っていた。

でもこの人にとって爽子はただの後輩なんかじゃない。俺にはすぐに分かった。爽子

に対して俺と同じ好意を持っていること。そう・・・恋愛感情という。


「・・・まっ怒る権利なんかないんだけどさ、彼女があんなに悩んでるのにアンタが

 わいわいやってるのに我慢できなくてさ。気楽なもんだなって」


すると風早はしばらく黙り込んだ後、暗い表情で口を開いた。


「・・・爽子から何か相談受けてるんですか?」

「いんや、彼女は何も言わない。ただ、あの場に一緒に居た」

「・・・あの場?」

「・・・・」


今野は風早に鋭い視線を送ると、あの夜のことを話した。爽子が風早に会いに駅に行

ったこと、泣いていた事・・・。


「爽子が・・・あの場に・・・居た?」


俺は唖然とした。頭の中がものすごく混乱しているのが分かる。泣いていた?


「・・・何時頃ですか?」

「23時15分頃」

「!」


・・・俺は言葉を失った。爽子は見たんだ。俺が宮内と・・・っ


真っ青になって動かなくなった風早を今野は不思議そうに見て言った。


「・・・もしかしてあれから何も話してないのか?」

「・・・・・」


何度もメールや電話をしようと思ったけどできなかった。そして爽子からも何の連絡

もなかった。俺の頭の中を負の感情が支配する。”あいつが好きになった?”もう俺の

こと好きじゃなくなった?”そんなことが脳内をぐるぐる回っているが何もできない

自分。ただ同じ日常を過ごすしかなかった。一人でいると不安で押し潰ぶされそうに

なる。俺は以前よりもっと皆と飲んで過ごすことが多くなっていった。


「なぜ・・・あなたも一緒だったんですか?」

「偶然?・・・あ〜違うな・・・下心だな」

「!」


今野はそう言うと風早の隣の壁にもたれた。


(・・・っ)


俺はじりっとした感情と同時に胸の奥が苦しくなった。今までも何度となくこの感情

に悩まされた。そして黒く醜くならないようにとコントロールしてたんだ。そのたび

に俺は人と表面的に笑い合っていた。嫌な感情を忘れるために。


「・・・正直な人ですね」

「彼女ほどじゃないよ」

「・・・爽子?」


すると今野はふっと笑った。


「あいつほど自分に正直で強いやついない。・・・分かってるんだろ?」

「・・・はい」


風早は今野を真っ直ぐ見て言った。


「彼女が見たというのは・・・俺が他の女の子とキスしているところだと思います」


今野はバッと身を乗り出して顔を歪ませた。


「・・・何やってんだよっ・・お前・・・っ」


風早は言い返さなかった。そして視線を逸らさず言った。


「・・・殴っていいですよ」

「はんっ・・・殴んねーよ。殴る方も痛いんだよ。お前なんか殴るのもったいないわ」

「・・・・」


今野は風早を思いっきり睨むと吐き捨てるように言った。風早は夜空にくっきり浮か

ぶ月を見上げながらあの夜を思い浮かべた。


「・・・俺、爽子をどんどん好きになる自分が怖かったんです。好きになりすぎると

 爽子を縛ってしまうんじゃないかって。もともと独占欲が強いんです。いや・・・」

「?」


違う・・・そんなことが怖かったんじゃない。


「違う。怖かったのは爽子が俺から離れていくこと。だから言えなくなった”好き”と

 言う言葉。もし同じ気持ちじゃなかったら自分がめちゃくちゃになるのが分かって

 いたからコントロールを始めたんです」

「コントロール?」

「・・・人に囲まれて、楽しくやることで気持ちを保ってたんです。同僚にも思わせ

 ぶりな行動をしていたのかもしれません。・・・現実逃避に過ぎないのに。彼女に

 キスされて気づくなんて・・・っ」


自己嫌悪に陥って項垂れている風早を今野は呆れ気味に見ていた。


「・・・っとに殴る気失せるわ」

「え?」

「何だよっ!!・・・同じじゃん。おい、いつまでそこに居るんだ?黒沼」

「!!」


今野の視線の先を辿ると、壁の奥におずおずと佇んでいる爽子の姿があった。風早は

勢いよく顔を上げた。


「え?・・・爽子?」

「翔太くんっ・・・」

「なんで・・・?」


爽子は複雑そうな眉を寄せると、勢いよく頭を下げた。


「ご、ごめんなさいっ・・・勝手に聞いてしまってっ!」

「え?え?・・今の聞いっ///」


風早は焦ったようにぱくぱくと口を動かすと、爽子はそっと頷いた。

ゆっくりと上げられた爽子の目からは涙があふれていた。見つめ合う二人。今野はそ

んな二人を残して静かに店の中に入って行った。


「ー今野さん」


心配そうに亜美が駆け寄る。


「お前が呼んだんだろ?」

「はい。だって今野さん何か変だったから・・・」

「ふんっ・・・いいとこあいつに持ってかれたじゃんっ!・・あぁ飲むぞ!!」

「??」


何もなかったように今野は輪の中に入って飲み始めた。そしてちらっと店の外に目

を向ける。


「くやしーけど完敗だな・・・久々に大恋愛出来そうだったのに」

「え?何か言った?今野さん。ビールどーぞ」

「さんきゅ。おっ、そこの団体さん!風早くんは帰って来ね〜〜ぞ」


”『え!?』”と一同、今野の方を向く。


今野はそう言うとげらげらと笑ってぐいっとビールを飲み干した。その笑顔には少し

寂しさが滲んでいた。





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あとがき↓

連続記録更新ならず・・・。PCを触れなかった。明日で終わりです!番外編まで無理
かなぁ。