「二文字のコトバ」9

以前は言葉に出来ていた『好き』と言う言葉。今は気持ちが大きくなりすぎてお互い

言葉にできない。それぞれ大人になり新たな壁にぶつかる二人。社会人の二人のパラ

レルです。一話ごと交互に視点・シーンが変わります。この回は爽子視点でどうぞ↓


8年目の記念日に爽子に一目でも会おうと家に向かった風早。その時爽子は・・・?


『二文字のコトバ』 1 2 3 4 5 6 7 8 の続きです。




























なぜ見つけてしまうのだろう。私はきっとどこにいても翔太くんを見つけてしまう。

でも今は見つけたくはなかった。私以外の人と触れ合っている翔太くんを・・・。


「おい、大丈夫か?」

「・・・・」


今野さんが心配してくれているのに上手く返せない。気を遣わせてはいけないと思う

のだけれど普通にはできない。きっと怖い顔になってる。


「だ・・・大丈夫です」

「いや、大丈夫じゃないだろ!?・・・何?彼氏居たの?」

「あ・・・もう・・もう帰ります」

「帰るって、電車止まってんだけど?」


明らかにおかしい爽子を今野は不安そうに見つめた。そしてベンチに再びそっと座ら

せると爽子の前にしゃがみこんで顔を覗き込んだ。


「ちゃんと言え。何見たんだ?」

「・・・・」


先ほどの光景が頭に焼き付いて離れない。何を見たなんて・・・分からない。

爽子は青ざめた顔のまま小刻みに震えていた。


きっと翔太くん・・何か事情があったんだ。他の人を好きになったのなら絶対言って

くれる。翔太くんはそんな人だ。


他の人を・・・好き?


私はその言葉が頭に浮かぶと頭が真っ白になった。


今野は一点を見つめたまま動かなくなった爽子をそっと抱きしめた。爽子はまるで、

感情を失った人形のようだった。


「とりあえず・・・帰ろう」

「・・・・っ」



その後、電車も動きだし今野さんは遅い時間だからと家まで送ってくれた。私はとに

かく先ほど見た現実を受け止められず、どうやって帰ったかも分からないほど混乱し

ていた。自分でもびっくりするくらいショックを受けていたようだ。


しかし爽子は知らなかった。爽子の家の前で風早が待っていたことなど。そして今野

と二人で帰ってきた爽子を見て声を掛けられずその場に立ち竦んでいたことを・・・。


とうとうその日、二人は会うことはなかった。そしてその後1ヶ月の間、どちらからも

連絡を取ることができなかった。


* * *



あれからも今野は爽子が気になりながらも本音を聞きだすことができなかった。あの

日から爽子は一切、恋愛相談をしなくなったのだ。でも明らかに元気がない。


「今野さん、今日飲み行きます?それとも直帰?」

「直帰だけど、行くよ。もちろん!・・・黒沼行かないかな?」


部署会に誘った亜美は肩を窄めてため息をついた。


「行かないでしょ。何か元気ないもんね。爽は迷っている時近づきにくいしね」

「・・・・」


今野は昼休みも熱心に仕事をしている爽子を横目で見ながら外回りに出掛けた。


* * *


外回りの仕事を終え、今野はいつもの飲み屋へ向かった。


「あっ〜〜コンさん!こっちお疲れっす〜〜〜!」

「おぉ!お疲れ」


部署の何人かはすでにできあがっていて、10人ぐらいの団体は和気藹々と飲んでい

た。爽子の部署は仲が良く、毎週飲み会が開催されていた。その中でも今野はムード

メーカーで飲み会に欠かせない人物だ。今野が加わりさらに賑やかになった部署会は

サラリーマンの楽しみ、金曜の夜を堪能していた。

その時、今野は視界の端に何か違和感を感じた。


(・・・え?)


その方向にバッと目を向けると、違うグループが楽しそうに飲んでいた。そしてそこ

には風早の姿があったのだ。


(確かあれは・・・一回会ったことあるけど、まさか?)


今野はそのグループの会話に耳を傾けた。


「風早くん最近付き合いいーよねぇ〜〜」

「他の部署の子も話したがってたよ〜」

「ねぇ今度は日帰り旅行とか行かない?」

「いいねぇ〜〜〜〜風早くんも行こうよ!!」


きゃははっ〜〜〜


(やっぱり黒沼の彼氏だ・・・っ何やってんだよ)


女に囲まれて楽しそうに飲んでいる風早に今野は怒りがふつふつと込み上げてきた。

怒る権利なんかない。分かっているが、あの夜の爽子の様子が今野の頭から離れない。

しばらく我慢していた今野だが、どうしても怒りが収まらなかった。


がたっっ


「・・・コンさん?」


皆きょとんっとする。今野はバンッと机を叩いて立ち上がると風早の方に向かって歩

き出した。そして風早の首根っこをぐいっと掴んだ。唖然とする風早。


「ちょっと顔かせよ」

「!」

「何よ〜〜突然・・・誰?」

「ーコンさん!!」


ざわざわっ


二グループとも大きくざわついた。しかし訳が分からず皆唖然としている。風早は今

野と一緒に店を出て行った。亜美はハッとした。


「も・・・もしかして?う〜〜ん」


亜美と今野は飲み会の帰り、たまたま爽子と歩いていた風早に会ったことがあったの

だ。だから顔もうる覚えだった。


「何だかよく分からんけどヤバイことになってる・・・?爽に電話電話っ!あっみんな

 大丈夫!ちょっと知り合いだったみたい、ほら飲み放題もったいないよ」

「だな・・飲も〜〜っ!!」


おっ〜〜〜〜!わいわい


亜美は周りを鎮めて場の空気を元に戻すと心配そうに店の戸を見つめた。



夜空にはあの夜と同じくっきりとした満月。

妖しく光る月光がとても明るい夜だった。

その満月のパワーが二人の運命をどう導くのだろうか・・・。







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あとがき↓

ところで、8月31日はブルームーンだったんですね。願い事するの忘れた。こうい
うの必ず意識できないタイプなんですよね。信心深くないし。マメな方が羨ましい。