『二文字のコトバ』5

以前は言葉に出来ていた『好き』と言う言葉。今は気持ちが大きくなりすぎてお互い

言葉にできない。それぞれ大人になり新たな壁にぶつかる二人。社会人の二人のパラ

レルです。一話ごと交互に視点・シーンが変わります。この回は爽子視点でどうぞ↓


付き合って8年目の記念日に残業が入った風早。それを受けた爽子は・・・?


『二文字のコトバ』 1 2 3 4 の続きです。






















今日は大切な記念日。今年も”一緒にお祝いしよう”と翔太くんが言ってくれた。嬉し

かった。もし翔太くんが忘れていたら私から誘おうと思っていた。 ”好き”と気持ちを

伝えることを決めたのだから。この記念日に伝えたい。

二文字のコトバ・・・。



* * *



今日は定刻で仕事を終わらせるため朝から頑張っていた。そんなソワソワドキドキし

ている気持ちが漏れていたようで、帰り際同僚の亜美ちゃんに言われる。


「ふふ、爽、デートでしょ?」

「え!?」


かぁぁっと顔が熱くなった私に亜美ちゃんはにっこりと微笑むと、耳元で”楽しんで”と

言ってくれた。そんな亜美ちゃんにうるっと来た時、ピロロン♪とメールが来る。表示

を見ると翔太くん。煩い心臓を鎮めながら受信箱を開くと・・・。


「爽?どうした?」

「あ・・・翔太くん、残業が入っちゃったって」

「まじで?キャンセル?」

「ん・・・まだ分からないけど、大変みたい・・・」


レストランはとりあえず無理そうだからキャンセルするとあった。今まで仕事が入って

遅れることはあったが、レストランをキャンセルするほど残業が長引くことはなかった。

正直、今夜は覚悟を決めていただけに残念な気持ちはあるけれど、社会人である私はそ

んな状況が起こることをもちろん理解していた。そしてどうせならと思い、残していた

仕事を片付けながら翔太くんの連絡を待つことにした。

しかし、なかなかメールは来ない。時刻は21時を回っていた。


(大変だなぁ・・翔太くん。大丈夫かな)


「ふぅ・・・」

「お、珍し」

「!」


私はデスクの書類とにらめっこしながらもなかなか集中できなかった。その時背後か

ら声が聞こえびくっとした。なぜなら部署に私以外いないはずだったから。


(ーえ!?)


「こ、今野さん!?あれ・・帰ったんじゃ・・・?」


ドア付近に立っていたのは今野さんだった。


「何人かで飲んでたんだけど、会社の前を通ると明かりがついてたからさ〜守衛に忘

 れ物したって入れてもらったらまさかお前が居るとはな」

「・・皆さんは?」

「もう帰ったよ。なんで黒沼仕事してんの?黒沼こそ今日急いでたじゃん」

「え・・・」


(バレてる・・・)


情けない・・・仕事だと言うのに私は浮かれていたらしい。ものすごく恥ずかしくなった。


「すみません・・・仕事なのにっ」


謝った私に今野さんは大きな声で笑う。思わず目がきょとんとなった。


「何謝ってん?バカか。ちゃんと仕事してるからい〜んだよ。それに多分お前をちゃ

 んと見てる奴しか気づいてねーし」

「え?」

「いや。それで何ため息ついてんの?初めて見たかも」

「あ・・・・」


そう言って今野さんはどかっと前の椅子に座る。そしてじっと見られ私は自分の心を

見透かされそうで恥ずかしくなった。そして今野さんに言われて自然にため息をつい

ていたことに気付いた。


「だ、大丈夫です・・・私もそろそろ」

「ふぅ〜ん。じゃ、遅いから送るわ。どーせ同じ方向だしな」

「あ・・・いえ、あのっ」

「?」


翔太くんの会社の最寄駅に行こうと思っていた。一目だけでも会えたらいい。この日

に伝えたいから。忙しいのは分かっているのだけれど・・・。


「何?やっぱなんかあったろ?」

「・・・・」


今野さんはそう言って鋭い視線を送ってくる。やっぱりかなわないな・・・と思う。

爽子は今日の予定のことを話した。


「へえ〜付き合った記念日とかやってんだ?かっわいいねぇ〜」

「/////」


今野さんに豪快に笑われとっても恥ずかしくなったのだけれど、その目がとても優し

く感じた。そして今野さんはそのまま前を歩き出した。


「おい、行くぞ」

「え?」

「彼氏の会社行くの正解。○○駅だろ?俺はその先だからそこまで一緒に帰ろうぜ」

「は、はいっ」


ばたばたっ


今野さんにそう言われて私は慌ててデスクの書類を片付けた。

外で出るときれいな満月が夜空に浮かんでいた。ほろ酔い気味の今野さんはいつもよ

りさらにお喋りが楽しくって、仕事の話、趣味の話など沢山してくれる。そのお話を

聞いているといつしか張りつめていた緊張がほぐれていることに気付いた。


「−どうした?」

「あっ・・・すみません、ぼーっとして」

「俺の話聞いてなかったな〜〜〜〜??」

「い、いえっ・・・そうじゃなくって、何か安心するなって、思ったんです」

「安心?」

「はい。今野さんの明るい話を聞いていると・・・」

「・・・・」


私は今日翔太くんに仕事が入ってしまったことに自分で思うよりも落ち込んでいたよ

うだ。仕事だと言うのに自分のことしか考えていない情けない自分・・・。


(あぁ・・・反省っ)


そんな爽子の様子を見て、今野が月を見上げながらぼそっと言った。


「・・・今日、残念だったな。世の中思い通りにはならないもんだからな」

「・・・っ」


その今野さんの言葉に私は喉の奥からこみ上げてくる熱いものを感じた。


「・・・ったく、お前泣き虫だよなぁ〜〜離せなくなるじゃんか」

「え?」

「いや、とにかく一目だけでも会いたいんだろ?駅に居たら喜ぶよ彼氏」

「はいっ・・・」


そう言われて嬉しかった。何だか勇気が出てきたの。翔太くんが喜んでくれるか分か

らないけれど、私が行きたい・・・私が会いたいの。心からそう思った。


今野はじわっと目を潤ませて感動している爽子を見て懐かしそうに言った。


「俺もさ、そんな時あったな」

「え?」

「はは。俺もお前ぐらいの時大恋愛してたんだよ。これでも」

「えぇ??」


私は聞いていいのかとドキドキしながら今野さんの話に耳を傾けた。


「・・・もう会うこともないけどな」

「そ・・そうなんですか?」


すると、今野さんはふっと笑みを浮かべて言った。


「大恋愛の末って結構シビアなもんさ。想いが深いほど冷めた時メンドクサイ。冷め

 た方は重くなるっつーかさ・・・」

「・・・・」


”想いが深いほど・・・”


私は今野さんのその言葉に胸がとくんっと鳴った。私の想いは明らかに深い・・・。

好きな気持ちが大きくなればなるほど、重くなってしまうの?


翔太くんにとって私の気持ちは・・・重いの?


そんなことを考えながら爽子は電車に乗り込んだ。その時はまだ人身事故は起こって

いなかった。二人の運命を揺るがす人身事故が起こるのはこの後である。


もし、爽子が真っ直ぐ家に帰っていたら・・・?もし、電車が遅れなかったら・・・?

もし、この日が大切な日ではなかったら・・・?




8年目の始まりの日、恋愛の女神は二人に大きな試練を与えようとしていた。






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あとがき↓

のんびり進みすぎかな?ラブってなくてすみません。まだ毎日更新続く!頑張るぞ。