「Once in a blue moon」(36)


※ こちらは「Half moon」という話のオリキャラ(蓮)が中心となった話で未来話です。
  爽風も出ますが、主人公ではないので受け入れられる方以外はゴーバックで。

★「Half moon」は 目次 から。
こちらは 「Once in a blue moon」 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 の続きです。  
 


☆ 蓮の運命の相手を幸せそうに話す彼女。病気だと知りながらも動揺してしまう麻美。

麻美の葛藤は続く。

























・‥…━━━☆ Once in a blue moon 36 ‥…━━━☆















柔らかそうな栗色の髪が風になびく。彼女が蓮の幸せを心から願って幸せそうに笑う。

私は笑えない。まだ・・・決して笑えない。自分以外の人間が蓮を幸せにすることを

願えない。美穂さんのようには・・・・。



「ー美穂さんっ!!」

「!」



”『 美穂 』”



その時、背後から大きな声がした。私が探していた人の名前を呼ぶ声が。蓮がその名

前を呼ぶたびに胸が痛んだ。その存在の大きさに潰れそうになったことも。

分っていたのだが、はっきりと耳にその言葉が響くと私はまるで夢の中の出来事のよ

うな感覚に陥った。向こうから白衣を着た男性が走ってくる。美穂さんはかわいく手

を振り、大きな目をくりっとさせて不思議そうに首を傾げた。


「あっれ〜〜?庄司せんせ?」

「はぁはぁ・・・驚きましたよ。お義母さんから電話をもらって」

「お母さんは?」

「出先だったから私の方が近かったようですぐに電話が来ました。お母さん心配して

 いましたよ」


美穂に何かがあっては・・・と慌てた母は沙穂に連絡したのだが、沙穂は生まれたば

かりの子どもを離せず夫である庄司に連絡したのだ。


「せんせーお仕事中?」

「はい。美穂さんを家に送った後仕事に戻りますね・・・?」


その時、麻美の存在に庄司は気づいた。麻美はびくっと反応する。


「もしかして・・・美穂さんを助けて下さったとか?」

「え??」


まるで状況を見ていたように言われて麻美は驚いたようにぽかんと口を開けた。


「あっ・・すみません、驚かせましたね。いや、こんなこと日常茶飯事で・・本当に

 申し訳ないです。身内としてお礼を言います」

「い、いえっ」


その先生はご丁寧に頭を45度まで下げてお礼を言ってくれた。こんなことが日常茶飯

事だとすると身内は大変すぎる・・・。


(あっ・・・)


その時思い出した。確か、この人は美穂さんの妹である沙穂さんの旦那さん。以前、

私が美穂さんのことを聞いた時に、蓮が漏らしたことがあった。この方は確か精神科

のお医者さんで元美穂さんの主治医だ。とにかく蓮のことを知りたかった私はびんび

んに意識を働かせていたから覚えてる。


この人ならきっといろいろなことを知っている・・・知りたい。


麻美はぎゅっと拳を握りしめる。この偶然を手放すことがたまらなくもどかしかった。

でも美穂の手前どうすることもできない。


「あの・・・先生はそこに見えている病院の先生なんですか?」

「あ・・ええ、そうです。すぐに行くように義母から言われたんですが、診療中で抜

 けられなくて。すみませんね・・・美穂さん」

「い〜〜わよ。だってせんせと会えるの久々だもん。沙穂が会わせてくれないし」

「あはは〜〜美穂さんは今は仕事を頑張ってるから会えないでしょ」

「うんっそうなの・・・頑張ってるのっ!!」

「・・・・」


美穂さん・・・先生の前では子どもみたいだ。

麻美はやはり美穂に病的なものを感じずにはいられなかった。家族が一生背負ってい

くとするとそれだけで重くなる。麻美は自分まで暗くなっていくのを感じた。


「あっ・・・それではありがとうございました。ここの方ですか?」

「えっあ、いえ。観光客です」

「・・・そうですか。じゃ、帰り道分りますか?」

「大丈夫です。お気をつけて」

「ありがとうございます。あなたも」


先生はもう一度深々と会釈した。先生の腕を組んでいた美穂さんがさっとこっちに向

かってやってくると天使のような笑顔で言った。


「今日はありがとうございました!私の話も聞いてくれて・・・ありがとう」

「いえ・・・」


本当にかわいいなぁと見ていて惚れ惚れする。それなのに・・・神様は残酷だ。

そんなことをぼーっと考えながら彼女を見送ると、もう一度彼女が振り返った。


ぞくっ


再び全身が凍りつく。また・・あの目だ。妖しく光る瞳。彼女は私の頬に手を添え、

耳元で囁くように言った。最後に一言・・・。


「もう、邪魔しないでね」


(・・・え?)


「じゃっ!!お元気で〜〜」

「・・・・」


ぶんぶんと手を振って友好的に返る美穂さんの姿を茫然と見送る。



ーモウジャマシナイデネー



彼女は確かにそう言った。何?・・・それ。

そしてその時の彼女の目。


ぞくっ


明らかに敵対心を感じた。私は敵だと?邪魔者・・・だと?

麻美は自分の震える身体をぎゅっと両腕で抱きしめた。


「気づいて・・・いた?」


もしかして・・・私はものすごく大きな地雷を踏んでしまったのではないだろうか?

そう考え出すといてもたってもいられなくなった。


(ど・・・どうしよう・・・)


麻美は頬に美穂の手のひんやりした感覚が消えないまま、その場に茫然と佇んでいた。



********



秋のいわし雲が茜色に染まるさまを病院の窓からぼーっと眺めていた。仙台に来てか

ら3日経った。旅行は一週間の予定。蓮はどうしているだろうか・・・。

そんなことを考えながら夕日も沈み暗くなった頃、私は病院のトイレに忍び込んだ。

何でこんなことしてるのかって思う。でももし、私の正体がバレていたとしたら・・・

それを考えるだけでぞっとした。ちょっと会っただけでも分かった。彼女は普通じゃない。


「え・・・あれ?さきほどの?」

「すみません・・・突然っ」


麻美は庄司の診療室の前に立っていた。仕事を終え、戸を開けた庄司は驚く。廊下は

診療時間が終了し患者は誰もいなかった。


「もしかして長い間待たれてましたか?」


この時間は入院患者でなければ門は閉鎖しているはずだった。庄司は不思議そうに聞く。


「あ・・・実は、隠れて待ってました。患者さんが去るのを・・・」


叱られると思った麻美は恐る恐る言う。しかし庄司はしばらくじっと麻美を見た後、

にっこりと笑った。


「はは・・そうなんですか。待合室で待っていたら良かったのに」

「え??・・・てっきり追い出されるかと思って・・・」

「大丈夫ですよ。さ、どうぞ」


庄司に診療室に招き入れられ、麻美は唖然とした。まさかすんなに受け入れられると

は思っていなかった。


「え・・いいんですか?」

「話があるから・・来たんですよね?」

「!!」


麻美はほっとしたのと同時にすごい人だと思った。


(やっぱり精神科の先生だ・・・)


「昼間はありがとうございました」

「い、いえ」


庄司先生はそう言うとそっと温かい紅茶を入れてくれた。麻美は軽く会釈した後、

きょろきょろと周りを見渡す。


「あの・・他の人は?」

「いませんよ。看護師さんは主婦が多いですからね。終わったらすぐ帰ります。それ

 に私は偏屈なんで診療室にはあまり人を置かないんです」

「でも、先生も家に小さな赤ちゃんがいるんじゃ・・・」


(あ・・・)


先生は”え?”という顔を私に向けた。一瞬しまった!と思ったが、自分がここに来た

理由を思い直した。


先生にしっかりと視線を逸らさず向き合う。


「私・・・・川嶋蓮の彼女で、瀬戸麻美と言います」



庄司先生は一瞬目をぴくっとさせた。でもその後は冷静だった。

この人ならきっと全部聞ける。そして答えてくれる。なぜか直感的にそう思った。






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あとがき↓

仙台の旅で先生を出そうか沙穂を出そうか迷ってました。でもどちらか出そうと。な

ぜなら蓮のことを話せるのはこの二人だけなのです。なかなか爽風出せない・・・。

早く仙台の旅を終えたい(;ω;)