「Half moon」番外編 ➌ 「木蓮の見える風景」 

こちらは「Half moon」という話の沙穂のスピンオフです。爽風の話ではないので注意!
Half moon」を知らないと楽しめないので、興味のある方は目次からどうぞ!


沙穂主人公の心情、その後などのお話です。以下からどうぞ↓



















木蓮の見える風景」

















サラサラサラ〜


病院から見える木蓮が今日もきれいに揺れていた。白くて気品あふれる木蓮はかわいい

というより気高い感じがした。簡単に触れられるけど、誰にも汚されない。それはまるで

彼女のようだった。窓から見れば見るほどあの子に見えてくる。


木蓮?」

「ーえっ?」


美穂の病室の窓から外を眺めていた沙穂は背後から聞こえた声にハッとしたように振り

向いた。


「庄司先生」


庄司先生は美穂の担当医だった。この病院に来てから半年、ずっと先生に診てもらって

いる。庄司は年齢不詳で若くも年寄りにも見える。眼鏡を掛けてひょろっと背が高い。

最初は陰気で暗い先生だと思っていたけど、段々と病院に通ううちにいい先生だという

ことが分かった。そして、誰にも言えない私の心の内を聞いてもらうようになっていた。


木蓮花言葉知ってますか?」

「え・・・知らないです」

「高潔な心、崇高、慈悲、荘厳」

「・・・・へぇ」


沙穂はそれを聞いて納得するように爽子を思い浮かべた。


(・・・そのままだ)


「何がおかしいんですか?」

「え?笑ってました?」


庄司に言われて沙穂は思っていることが表情に出ていることに気付き、恥ずかしそうに

はにかんだ。


「はは・・・何となくね。沙穂さん明るくなりましたね〜」

「そうですか。それは先生とある人のおかげです」

「私は話しを聞くだけですが・・・ある人?」


沙穂はぐっすり眠っている美穂を見た後、外の木蓮に視線を移した。そして寂しそうに

微笑むと独り言のように言った。


「私・・・最低なんです」

「・・・・・」


庄司は何も言わずにそこにあった簡易椅子に腰かけた。いつもそうだ。忙しいのに患者

でもない人間にも真剣に向き合ってくれた。ここは私の心療内科でカウンセリングを無料

でしてもらっているようだった。


精神科の先生ということもあり、私は何でも素直に心の内を話すことができた。私は風早

と彼女にやった最低のことを取り繕うことなく話した。不思議だった。自分の中の汚いも

のを見ないようにやってきたのに、これほど素直に他人に話すとは思ってなかった。


「・・・そうですか」

「でもね、彼女にまだちゃんと”ごめんなさい”って言えてなくて。ずっと相談に乗ってもら

 っているのに。段々仲良くなると言えなくなって・・・・」

「沙穂さんはそのことが引っ掛かっているんですね」

「・・・・多分」


下を向いた沙穂の横に庄司は並ぶと、外の木蓮を眺めて言った。


「・・・木蓮は上品で優雅で孤高的な感じがしますね。木蓮が咲くともうすぐ春が来るのだと

 知らせてくれるんです。だから・・・」


庄司は沙穂を見るとにっこりと笑った。


「春までもうすぐですよ」


沙穂は庄司の言葉を噛みしめるように頭の中で反芻した。


”春までもうすぐ・・・”


「はいっ」


沙穂は穏やかな表情を浮かべて微笑んだ。そして二人で何も言わずに木蓮を見ていた。


病院に通うようになり、美穂と向き合う毎日に沙穂自身も病気になりそうだった。これだけ

苦しんでも何が変わるか分からない。しかし諦めることはできなかった。それがあの子へ

の償いのように思っていた。ただ、耐える毎日。そんな時にほんのひと時、ひだまりのよう

な穏やかな時間。


「先生って不思議ですよね?」

「え?」

「ふふっ・・・若いのか年寄りなのか分かんない」

「よく言われます。年齢不詳って」

「あはは〜〜〜実際何歳なんですか?」

「実は100歳超えてるんですよ」

「え・・・??」

「ちょっと・・・信じないで下さいよ」


あはは〜〜〜〜っ


このかけがえのない時間があの頃の私には必要だった。私は風早のこともいっぱい話した。

すごく好きになった人だということ。先生に話すたびに、たとえ実らなくても、この恋はして良

かったんだと思えた。絶対に否定しない先生に私は癒された。

この時間が唯一私のオアシスだったのだ。




*********




「・・・もうすぐ春か。」


沙穂は友達との待ち合わせ場所にあるベンチに座りながら目の前の大きな木蓮を見て懐

かしそうに5年前の出来事を思い浮かべた。木蓮を見ると、苦しかった思い出と一緒にあの

ひなたぼっこのような時間も思い出す。


「ー沙穂っおまたせ。待たせた?」

「ううん」


職場の友達が急いで駆け寄った。最初は嫌だった職場も自分が変わったのかすっかり馴

染むようになり、心許せる友人もできた。


「何見てたの?」

「うん、この木ね、木蓮・・・」

木蓮って言うんだ」

「うん。いろいろ想い出があってね・・・」

「そ〜〜なんだ。あっ!!こっちこっち」


友達が誰かを見つけたようで視線を遠くに移すと思いっきり元気よく手を振った。


「あれ?二人?」


沙穂が遠くに見える人影を見ながら眉を顰めると、友達は手を合わせて舌をちょろっと出し、

詫びるように言った。


「騙してごめんっ。彼氏の友達呼んじゃった。だってさ、沙穂いつまでも失恋して落ち込んで

 るからさ、そろそろ立ち直ってもらいたいからさ」

「え・・・・」

「更けてんだか若いんだか分かんないけど、一応彼氏と同い年の33歳だから」


沙穂は友達の計らいに驚いたように目が点になった。23歳の時風早に失恋した後、付き

合った彼と半年前に別れた。彼も運命の人ではなかったのだ。風早のような本気な恋はもう

できないかもしれないと思うと落ち込んだ。今から考えると、風早は唯一好きになった人かも

しれない。でも彼には彼女がいた。運が悪かったと言えばそれまでかもしれない。でもそれ

は運が良かったのだと思える。彼女に出会えたから。


そしてそれを受け止められるようになったのは・・・・。


「あ・・・・・」


沙穂は遠くから来る人影をまるで幻想を見るようにぼーっと見つめていた。


「―ほ、沙穂ってばっ!?」

「・・・先生!?」

「沙穂さん・・・お久しぶりです」


それは先生が居たからだ。あの頃と同じ微笑みで全く変わっていない庄司先生は5年後、

私の目の前に現れた。そう、木蓮の下で。懐かしい想い出が頭の中を駆け巡っていた時、

先生は現れた。この不思議な偶然を運命と呼んでいいでしょうか?


今度こそ運命だと・・・。


ふわっ


木蓮の香りが風に乗って、二人を温かく包み込んだ。



**********



「沙穂良かったね。おめでとう」

「おめでとさん〜〜〜っ」

「うん。ありがとう〜〜っ」


皆は結婚が決まった私を心から喜んでくれた。後から知ったことだが、あの頃から先生

にとって私は”特別”だったということ。運命の赤い糸があるとしたら、最初から繋がって

いたのかもしれない。でも、あの子に会えたからこそ糸が見えたのだと思う。きっと自分

だけではいつまで経っても縺れたままでこの糸が見えなかっただろう。


沙穂は一番報告したい人を思い浮かべると、急くように携帯のボタンを押した。


Plulululu〜〜〜♪


ピッ



『・・沙穂さん?』

「爽子ちゃん。あのね・・・」


”おめでとう・・・”


心からの彼女の笑顔が見える。いつでも彼女は私のために泣いてくれる。

私ね、あなたに会ってから生まれ変わったんだよ。出会わないと気付かないことが

沢山あった。


「ありがとう・・・」


その”ありがとう”には沢山の意味が含まれていることを彼女は知らないだろう。

きっと彼に出会ったのもあなたの存在があったから。その出会いが必然だったのだと

その時思った。だからこそ、木蓮のような彼女に少しでも近づきたいと思う。

これからも逃げないで自分の道を歩んでいきたい。彼と一緒に・・・・。


この春、木蓮の見える教会で結婚します。


web拍手 by FC2






あとがき↓

こんな感じできれいに仕上がりました(笑)沙穂は年上かなってイメージで。何となくこん
な男性像が浮かんできましたが、いかがだったでしょうか。そして爽子が一番影響を与
えたのは沙穂かなっと言う感じで書きました。なので、一応爽子達の次に結婚するのが
沙穂でその次が昌達かなと思います。光平が煮え切らない男なんで多分30越すぐらい?
なんてオリキャラで妄想すみません。次はギャグ系の何かいきますか!
こちらのお話もbluemoonさまとアップルパイさまのオリキャラの今後の行く末というリク
エストに基づいて書いてみました。楽しんで頂けたら幸いです。