「Half moon」(68)

社会人の二人の物語。オリキャラ祭り。オリキャラ紹介⇒(1)をご覧ください。

蓮はずっと風早と話せないまま、二人の間にはいつしか大きな壁ができていた。どんどん
距離が広がっていたそんな時・・・?

こちらはHalf moon          10 11 12 13 14 15 16 17  18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29  30 31  32 33 34 35 36 37  38 39   40 41  42 43  44 45 46 47 48 49  50 51  52 53  54 55 56 57 58 59  60 61 62 63 64 65 66 67 の続きです。
それではどうぞ↓






















蓮と風早は光平の送別会以降、全く話していなかった。蓮は自分が焦れば焦るほど風早

が逃げていくような気がしていた。彼女が去って、あの廃人のような時期からしばらく経った

後、メールや電話で伝えようとしたこともあった。拒否される度に、あの目を見る度に踏み出

せない自分がいた。あの目・・・・。


蓮にとっては”偶然起こった誤解”を解くだけの単純なことではなかった。

でも分かっていた。これ以上逃げるわけにはいかないことを。




「−大変よね」

「だってまだ若いんでしょ??」

「20代後半じゃないの??」


会社の廊下を歩いていた蓮は同じ部署の女性が話している内容が気になった。


「何かあったんですか?」

「あら〜川嶋くん。大変よ。営業事業部の海部さんの奥さん亡くなったんだって・・・」

「え・・・・」


(・・・翔太の部署だ)


「今日、お通夜の明日お葬式ですって・・・・ガンだって・・」

「・・・・・」


”海部”という名前は翔太から聞いたことがあった。確か愛妻家で仕事でも私生活でも尊敬

できる先輩だと言っていたような気がする。


蓮は拳をぎゅっと握りしめた。もうこれ以上逃げるわけにはいかない。


美穂からも、翔太からも・・・・・。


決心したようにぐっと顔を上げた。



* * * *



この日は朝から曇りだった。夜になって降り出した雨はまるで自分の心を映し出してい

るようだと風早は雨空を見上げた。そして傘をさして歩き出す。傘にかかるポツポツと聞

こえる雨音を感じながらもう一度振り返った。黒い集団は悲しみに包まれていた。

風早はそっと目を閉じた。


”『風早!お前彼女がいるんだってな』

 『大事にしろよ〜〜〜っ俺、恥ずかしい話だけど、こんな風に威張ってられるのは全部

  奥さんのおかげなんだよ。彼女がいなければ今の俺はないよ』

 『今日、奥さんの誕生日なんだ。毎年サプライズしたくて悩むんだよな〜〜』”


知らなかった。全く知らなかった。あの笑顔の奥にこんな悲しみを抱えていたなんて。

俺なら・・・俺ならできるだろうか。


風早は瞑っていた目に力を込めた。


ザーザー


降り出した雨は激しさを増してきている。風早は重い足取りで自宅へ向かった。

そして、アパート近くに来た時だった。


「!」


ドクンッ


(・・・誰かいる)


自分の家だと思われる付近で動いた黒い影に気づいた風早は顔をばっと上に向けた。

目を細めながら、ゆっくりと警戒気味に近づいていく。瞬きもせずその影を見ていた。

そして近くに行き、顔を確認すると大きく目を見開いた。


「・・・・れ・・・ん?」

「・・・翔太」


蓮は風早に気づくと、さっと身体を前に乗り出した。突然降り出した雨で、服は大半濡れ、

髪から水滴が落ちていた。風早は信じられないという顔で蓮を呆然と見つめた。二人は

何も言わずにお互いその場に佇んでいた。


ザーザー


雨の音だけが激しく聞こえる。


長い沈黙の後、風早がぽつりと言った。


「入れよ」

「・・・・・」



がちゃっ



蓮は頷くと、風早の後について行った。ドアが開かれるとぐるっと部屋を見渡す。思い

出すのは、儚そうに見えるけど、凛と咲いている花のような彼女の姿。あの時、彼女が

いるだけでこんなに違うものか・・・と感じた。


「!」


蓮は目の前に差し出されたタオルと服にハッとしたように目を向けた。


「風邪引くよ」

「・・サンキュ。急に悪いな」


風早は返事の変わりに固い笑いをすると、自分の礼服を脱ぎだした。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


し〜〜んと会話のない部屋は雨の音だけが激しく聞こえた。台所でお茶を入れている

風早の背中を見て蓮はぎゅっと拳を握りしめた。


「―翔太」

「・・・・・・」


返事のない風早の背中を蓮は不安そうに見つめる。


「・・・翔太?」

「・・・・・・」


蓮はハッとしたように真剣な眼差しを向けた。風早の台所に置かれた手が震えていた。


「・・・翔太」

「うっ・・・ううぅ・・・」


風早は声を殺して泣いていた。それは泣いている姿を見られたくないとかではなく、

悲痛な叫びだと分かった。蓮は何も言えずただ肩を震わせている風早の姿を見ていた。


「・・・・・・」

「・・・・う・・・うっ・・ずっ」


涙を啜る音だけが外の雨と一緒に寂しく響いている。


「俺・・・・俺・・・・っ・・たまんなかった・・っ」


蓮はぎゅっと唇を噛んで立ち上がった。そして蓮の力強い手が風早の肩を掴む。


「・・・翔太!」


風早はくるっと振り向いて蓮に顔を向けた。そして真っ赤な目で今度は真っ直ぐ蓮を

見る。蓮も目をそらさず風早を見つめた。


「蓮・・・ごめんっ今まで避けてて・・・っ」

「え・・・・?」


蓮は驚いた顔で風早を見上げた。


「俺、爽子と蓮をどこかで重ねてた。・・・くっ・・・真っ直ぐ蓮に見られると爽子に

 軽蔑されているようで・・・。いつまでたっても向き合えない自分に情けなくなった」

「・・・・・」

「俺・・・怖かった。もし、向き合ったら彼女は離れるに決まってるって・・・」


蓮は呆気に取られて風早の言葉を聞いていた。それはあまりにも予想外の言葉だった。

自分がどれだけ謝っても風早が謝ることはないと思っていたからだ。そして、何より

も驚いたのは風早が口にした言葉だった。


”真っ直ぐ見られると軽蔑されているようで・・・”


「えっ・・・違う。違うよっ翔太!」

「俺、こんなに前向きになれなかったことって・・・初めてだった。だから・・・っ」


蓮は初めて見た風早の姿に胸が打たれる思いだった。ずっと憧れていた”正直な瞳”が

そこにはあった。


「翔太!」

「!」


風早はびくっとしたように大きな声を出した蓮を見た。


「―がうっ・・・違うっ!!彼女は離れてなんかいかない・・・・全部俺が・・・・

 俺が悪いんだ・・・」


風早は真剣な表情の蓮を見て、黙り込んだ。もう、偽るのはよそう。お互い向き合う

時がきたのだ。二人の瞳はそう語っているかのように無言のまま見つめあった。外に

は雨音だけが激しく聞こえていた。



***********



ザーザー


「蓮・・・まずは俺から話させてもらえないか?」

「・・・・うん」


二人は机をはさんで向かい合った。風早は温かいお茶をひと含みするとゆっくりと湯飲

みを置いた。先ほどの取り乱した様子はない。


「さっきは・・・ごめん。俺、海部さんのことで頭ん中めちゃくちゃになってた」

「本当に・・・残念だったな。」

「・・・・うん」


蓮の言葉に風早は思い出すように視線を下に向けた。その表情は廃人でもなく狂気でも

なく、ちゃんと喜怒哀楽を表現する風早の顔だった。


「俺・・・あれから必死で仕事をして紛らわしていた。悪夢のような現実を。爽子の

 ことはいない存在にしなければ狂いそうだった」

「・・・・・」

「全てないことにすることでなんとか自分を保っていた」


虚ろな風早の瞳には悲しみが漂っていた。


「・・・っとに弱いよな。蓮も呆れるよな・・・蓮にまで迷惑かけて・・・」


苦しそうに笑う風早をせつない目で見ていた蓮は頭を軽く振った。


「俺、今日海部さんに言われた。お通夜だってのに・・・海部さんは全てを悟りきってた」

「・・・・」

「半年前に告知されてもう手遅れだったって。途中何度も崩れそうになったけど、余命

 を知ったときから自分がどんなに時を無駄に過ごしていたか知ったと・・・。そして

 それから一分一秒大切に過ごせるようになったって・・・」


”『・・・無駄に過ごすなよ』”


こんな日でさえ笑って俺に言ってくれた。


風早は思い出すように静かに笑みを浮かべた。そんな風早の姿に蓮はつらそうにしなが

らずっと頭にあった疑問を口にした。


「翔太は・・・彼女があの時、光平と何かあったとか思ってるのか・・?」


風早は蓮のふいの質問に目を大きく見開いた。そしてふっと悲しそうに視線を落とすと

頭を抱え込んで丸くなった。


「・・・・思ってない。そんなわけないのに・・・・っ」


風早のくぐもった声がさらに力を失ったように感じる。そして、風早はゆっくりと顔を上げた。


「ずっと不安だったんだ・・・」


蓮はごくっと唾を飲み込むと真剣な目で風早を見つめた。












あとがき↓

いろいろ反論ありそうですが、書きたかった場面の一つです。ここから二人の場面がしばらく
続きます。やっと風早心情です。明日はUPできそうですが、次は22日まで多分更新できま
せん。最近継続できずにすみません。アニメ・・・かなりいいっすね。でも回によって絵が違う
ので、あのシーンは好きな絵になるのか心配です。大事な大事なあのシーンね!DVDも発
売だし、楽しみだな〜〜〜!それではいつもご訪問ありがとうございます!

Half moon 69