「Once in a blue moon」(97)

※ こちらは「Half moon」という話のオリキャラ(蓮)が中心となった話で未来話です。
爽風も出ますが、主人公ではないので受け入れられる方以外はゴーバックで。

★「Half moon」は 目次 から。
こちらは 「Once in a blue moon」 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45
46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71
72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96
の続きです。 

☆ 一人で病室に来た爽子。その意図が分からずに戸惑う蓮。向き合う決心がないまま蓮は
とりあえず爽子を中庭に誘った。蓮目線です。












・‥…━━━☆ Once in a blue moon 97 ‥…━━━☆













「ここ、俺の散歩場所。気持ちいーだろ?」
「う、うんっ・・」


中庭は翔太と話した時と同じように、晴天の中爽やかな風が吹いていた。桜はほぼ散っ
てしまい緑の葉があちらこちら出ている。先ほどから後ろを歩く彼女の表情はガチガチ
という風に堅くて眉間に皺が寄っていた。何か大きな覚悟をしてきたのが分かる。


(・・何覚悟してきたんだ・・・オイ)


ってツッコミたくなるほど堅い。どうしても考えられなかった。翔太が俺の気持ちを代
弁すること。きっと何も言ってないはずだ。
それなのになぜ彼女はここに一人で来たのだろう。


(・・分からなければ聞けばいいんだ)


向き合うことに恐れてばかりいた俺に勇気をくれたのはゆづだけじゃない。蓮は目を閉
じて翔太の顔を思い浮かべる。そして決心したように目を開いた。


「あのさ・・っ」


覚悟を決めて彼女の話を聞こうと振り返った俺は思わず言葉を飲み込んでしまった。と
いうか絶句してしまった。先ほどまで眉間に皺を寄せていた彼女が桜の木を見上げて緩
やかな表情をしていた。春の風になびく長い黒い髪。白いワンピースがふんわりと揺れ
る。出逢ったころとまるで変わりない姿に息をのむ。幻想的な絵のようにその光景を俺
は呆然と眺めていた。


(・・笑ってる)


自然な笑顔がきれいだと素直に思った。そしてその笑顔が何より翔太とお似合いだと初
めて思ったあの頃を思い出した。すーっと胸の中のモヤモヤが消えていくように、いや、
感情という色のついたものをはっきり自分の中に感じたあの頃ように、俺の胸が大きく
脈打つ。それは懐かしいようで、新鮮に俺の中で躍動していた。


とくん・・


「あっ・・ごめんなさい」


彼女は俺の存在に気づいてハッとしたようにこちらに視線を向けた。また堅い表情に戻
った彼女に俺は思わず思いのままに聞いていた。


「桜の木・・どうかした?」
「あ・・桜の花、散っちゃったなぁ・・と思って」


俺は彼女と同じように高い桜の木を見上げた。つい一週間ほど前は薄ピンクの花びらが
舞っていたその風景を思い浮かべる。


「うちの庭にも桜の木があってね、花びらが風に乗ってひらひらと舞う姿がとてもきれ
 いで・・・その、蓮さんも見ているといいなって思ったの」


”本当にきれいだったから”と気持ちをこめるように強く言う彼女。一週間前その光景を
きれいに思った俺がいた。その感情が妙にこそばくって、こんなに平穏な気持ちでいら
れることに人生で初めて幸せを感じた。今までそんな感情を持ち合わせていなかった。


「同じように・・見上げてたんだな」
「え?蓮さんも??」
「きれいだな・・って心から思った」


自分の気持ちを伝える気はない。そこに何の意味をなさないし、どうこうなりたいとい
う気は一切ない。ただ・・・


「・・っ!」
「・・うん・・」


彼女は花びらが開花するように顔を輝かせていた。


温かい感情が胸に広がる。俺はこの笑顔に救われて来たのだ。そう、苦しいだけではな
かった。あの頃、無機質だった心に色をつけてくれたのは紛れもなく彼女だった。この
居心地が悪いようなそわそわする感覚、高揚するような気持ちは間違いなく恋だろう。
見ないふりをしても溢れだしてしまう想い。こんな気持ち初めてだった。
伝える気はない。ただ、この気持ちは自分の中に確かに存在し、簡単に消せるものでは
ないということ。


「嬉しいな」
「え?」
「蓮さんが”きれい”って思うこと」
「・・・やっぱ変?翔太にも驚かれた」
「ううん・・変じゃないよ!!」
「自分は驚いてる。こんな感情を持ち合わせてるって思ってなかったから」
「・・蓮さんはいっぱい持ってるよ。でも言葉にしなかっただけだと思う。だから嬉し
 いって思ったの」
「俺が?」


目を丸くした俺に彼女は緩やかに頷いた。自分のことは自分が一番よく知ってると思っ
てたけど不思議にそうなのかも・・と思っている自分がいた。


さらさら


ベンチに座り、新緑の香りを感じながら風が吹き抜ける中、二人の間に沈黙が走る。でも
その沈黙が妙に心地いい。初めて二人きりになった仙台のあの夜からずっと不思議な空気
感を感じてた。凛とした透き通るようなこの瞳を真っ直ぐ見てしまった時から俺の中の何
かが動き出した。背徳感と共に・・・。
蓮は爽子をちらっと見ると穏やかな顔で聞いた。


「今・・幸せ?」


きょとん・・としていた彼女の顔はすぐさま嬉しそうに破顔した。蓮は不思議そうに目を
見開く。


「あ、あのね・・いつも蓮さんはそう聞いてくれるなぁって思ったの」
「え?いつも?」
「翔太くんが仙台にいた頃から・・ずっとだよ」
「・・・」


きっとそれは自分の気持ちを隠すために補っていた言葉に過ぎなかったのかもしれない。
でも幸せであって欲しいと願っていたのは本当だ。決して壊したかったんじゃない。
・・・守りたかったんだ。


爽子は大きく息を吸い込むと、落ち着いた口調で話し出した。


「こんなにじっくりと二人で話すのは初めてだよ、ね」
「まぁ・・普通わなー」


実は”普通”なんて言葉はこの夫婦にはないような気がする。誰かの奥さんだから、夫だ
からって縛るような二人じゃない。そんな常識に囚われるんじゃなくて、大事なのはそ
こにある気持ちだということを知ってる。


「蓮さんといるとね・・言葉がいらないんじゃないかって思うことあるの」


無口なことで嫌がられたこと数知れず。付き合ってもよく”気持ちが分からない”って泣
かれたっけ。俺はかなり驚愕の表情をしていたのか、彼女が補うように言った。


「自分が勝手に思ってるだけなのだけれど・・心地良くって」


同じ気持ちが素直に嬉しく感じた。


「・・でも今日は言葉でちゃんと話が出来るように頑張ります」
「・・・」


何を頑張るんだ?とさっきから頭ン中でツッコんでる。爽子が何を覚悟してここにやっ
てきたのか蓮はまだ掴めずにいた。


「そんな蓮さんに甘えてばかりで・・ごめんなさい」
「何が?」
「言葉で上手く言えないのに蓮さんは察してくれたり、沢山助けてもらったなって・・」
「・・・」
「それに・・」


そう言って爽子は言い淀んで瞳を曇らせた。


「自分勝手に蓮さんの幸せを・・」
「・・・」
「麻美ちゃんと幸せになれればいいなぁって・・勝手に思ってたの」


”ごめんなさい”と深々と頭を下げる爽子を蓮は唖然と見つめる。
爽子がそのことをずっと気にしていたことを知った。勝手な押し付けなんて何一つして
いないのに律義な彼女らしいと思った。蓮はふっと小さく笑って言った。


「そんな、謝ることじゃないし」
「でも・・」
「俺だってそう思ってた」
「・・え?」
「でも実際、本当の幸せを俺は知らなかった。麻美を幸せにしてあげたいと思えば思う
 ほど無理が生じてたんだな。麻美はそんな俺に最初から気づいていた。ひどいこと
 ・・したと思う」


爽子は蓮をじっと見つめると哀しそうな表情を浮かべ、首をぶんぶんと横に振った。


「お互い・・必要な出会いだったんだと思う」
「・・うん。俺はそう思ってる」


二人はそっと目を合わせて微笑み合った。そして蓮は今、頭に浮かんだ疑問を口にする。


「なぁ・・単刀直入に聞いていい?」
「は、はいっ・・どうぞ」


爽子は緊張した面持ちで蓮を見つめる。蓮も真剣な表情で向き合った。


「麻美が・・なんか言った?」
「何か?」
「いや、俺に会いに行くようにとか・・さ?」
「・・ううん。あの、麻美ちゃんとは今連絡を取っていなくてっ」
「会社辞めたんだってな」
「う、うん・・」


蓮の心情を推し量ることが出来ずに、爽子は神妙な面持ちで頷いた。
麻美が彼女に言うだろうか?それにもし俺の気持ちを知ったところで彼女が信じるだろ
うか?そして・・もう一つの可能性。
蓮は爽子をしばらくの間見つめると ”じゃ・・” と口を開いた。


「翔太が、ここに来るように言った?」


彼女の純粋に澄んだ瞳が微かに揺らいだ。





「Once in a blue moon」 98 へ















あとがき↓
一気にいけるといいんだけど。いーかげんに終われよってね。(-_-;)つくづく同じこと
何度も書いて、くどいわぁ。