「Once in a blue moon」(96)

※ こちらは「Half moon」という話のオリキャラ(蓮)が中心となった話で未来話です。
爽風も出ますが、主人公ではないので受け入れられる方以外はゴーバックで。

★「Half moon」は 目次 から。
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☆ あれから一週間が経ち、蓮の退院も近づいてきた。蓮の心情は・・・?















・‥…━━━☆ Once in a blue moon 96 ‥…━━━☆













1週間後ー



「川嶋さん〜〜退院が決まりましたよ!」
「いつですか?」
「今週末だそうです」
「・・そうですか」
「リハビリ頑張ってらっしゃったから一か月で退院なんてすご〜い!」
「・・・最後まで怪我しないように気を付けます」
「しちゃったら、またお世話しますよ!な〜んてっふふ」
「やだぁ・・本音出てるわよ!」


あはは〜〜っ


(看護師がそんなこと言っていいのか・・オイ)


相変わらず軽いノリの看護師を少々ウザったく感じながらも蓮は作り笑いをして見せ
た。さすがに病院ではあからさまな態度は出来ない。思い通りにいかない体、弱いと
ころを人に預けるという初めての経験。今まで人を必要としなかった自分はいかに思
い上がっていたのかを知った。人は一人では生きていけないということを知るための
事故だったのかもしない。こんな自分でも意味もなく孤独感に追い込まれる時がある。
自分よりもっと長く病室で過ごした美穂の気持ちがほんの少し分かる気がした。人を
今までより強く求めてる自分・・・これからはそんな自分を素直に受け入れて生きて
いこう。翔太と約束したのだから。


病室のカーテンを揺らす、爽やかな風を眺めながら蓮は翔太の笑顔を思い浮かべた。


「お仕事復帰されるんですか?」


体温を測りに来た年配の看護師が書類を机に広げている蓮にそれとなく聞いた。


「はい」
「いつから?」
「退院も決まったので、できたら来月初めには」
「早速?大変ですね。無理なさらないように」
「はい。ぼちぼちいきます」


勝手をしたと言うのに帰る場所があるというのは有難いことだと改めて思う。仕事自体
は嫌いじゃなかった。ただあの場にいられなかっただけで。
入院生活も退屈だろうと翔太が俺の上司に言って仕事の書類を持ってきてくれた。


そう言えば・・・


(もう麻美はいないんだな・・・)


会社を辞めたことを翔太に聞いた。今どこで何をしているのか分からない。もう会うこ
ともないだろう。麻美が会いたくないと思う。麻美の幸せを願うのは俺のエゴでしかな
いと分かってる。でも願わずにはいられない、元気で幸せであって欲しいと・・・


「あの方達に退院のこと言わないといけませんね」
「え?・・」
「いつもお見舞いに来られる家族ですよ!ご親戚ですか?」
「あ・・」


看護師の問いかけに空想に浸っていたことに気づいた蓮は現実に戻される。


「いえ、・・大事な友人達です」
「あら、あのかわいらしい女の子も?」


看護師がからかい気味にそう言ってくすくす笑うと、蓮はにっこり笑って返した。


「はい。あ・・友人と言うより師匠かも」
「え!?」


看護師が驚いた顔で首を傾げながら退室して行く姿が妙におかしかった。
年齢も性別も関係ない。俺は確かにゆづに救われたのだ。ゆづとの出会いは必然だった
のだろうか。そして翔太と彼女との出会いもまた・・。親だからとかじゃなくて聞いて
欲しいと思った。


”『ゆづの話教えてよ』”


実はあの時翔太にゆづの話はしていない。俺のことを受け入れてくれたように見えたが
翔太の心の中は複雑なのは分かっていた。正直、あんな風に話が出来るとは思ってなか
った。あの時の翔太の言葉が全て本音だとすると物分かりが良すぎる。そんなに簡単な
もんじゃない。簡単じゃない・・・
翔太の笑顔を思い浮かべると平安な気持ちと苦しい気持ち。交互に押し寄せてくる感情。
あの日、どんな風に一日過ごしたのだろう。


(翔太・・・)


簡単じゃないからこそ受け入れてくれようとする翔太の気持ちを考えると感情が昂る。
全てが落ち着いてからゆづのことを話そう。彼女と一緒に聞いてもらいたかった。俺
にとって奇跡と言える出来事を。そんな俺の心情が分かったんだろう。翔太もそれ以
上何も言わなかった。いつか聞いてもらえればいい。なぜなら、これからどんなこと
があっても繋がっていけると確信しているのだから。
不思議だなと思う。あれだけ苦しかった心が解き放たれている。必死で彼女の前で感
情を抑えていることが苦しかったはずなのに。翔太と話して分かったことがある。
翔太への罪悪感を背負って生きていくこと、そのままあいつらと過ごしていくことが
何より辛かったのだと・・・


これからもあいつと一緒に生きていける。


そのことが素直に嬉しかった。


* *


「さて、一通り書類に目を通したし・・散歩でも行くか」


蓮はそう独り言を零すと思い切り伸びをして立ち上がった。中庭を散歩するのが日々
日課になっている。残り少ない贅沢な時間だ。


がらっ


「「!!」」


病室の戸を開けた蓮は思わず動作が止まる。目の前の人物はびくっっと明らかに驚い
ていた。実際蓮も驚いたのだが表面に出ないだけだ。


(え・・・?)


「あわわぁ・・びっくり!!」


何と、ドアの前に爽子が立っていた。大きな目がさらに大きくなっている。蓮は驚き
のあまりすぐに声が出なかった。


「あの・・突然すみません!!どこか行くところだったかな・・っ」
「・・・一人?」
「う、うん・・ごめんなさいっ」


蓮はぎこちなく謝る爽子を呆然と見つめた。


(なんで・・?まさか)


内面の動揺を隠すように蓮は視線を逸らした。どう接したらいいのか分からず戸惑っ
ている蓮に爽子は言った。


「お話・・したくて」
「!」


”話”と言われて蓮は再び動作が止まる。目の前の爽子は何かに挑むように真剣な目を
向けている。まさかの彼女の訪問。思い当たることは一つ。


(翔太・・うそだろ?)


蓮の微妙な態度を不審に思った爽子の表情が曇る。思いがけない爽子の訪問に心の準備
が出来ていなかった。蓮は平然を装って言葉を繋げた。


「話って・・」
「えっと・・いろいろ。あのっ・・ずっとお話したかったの」
「・・・翔太抜きで?」


紅潮させた顔で不安そうに瞳を揺らせて言う爽子に蓮は無意識で視線を逸らす。そし
て相変わらず直球を投げてしまう自分にもげんなりしてしまう。


(全く、その顔・・無自覚なんだろーなぁ・・)


「そ、そう・・二人で、お話がしたいの」
「・・・」


どんな経緯があったのか分からないが、強い意思を持って彼女がこの場所に来たのが
分かった。蓮は思わず息を飲む。


「ゆづちゃんのお話とか・・いろいろ」
「ゆづ!?」


結月の話だと言われると蓮の表情が明るく変わった。爽子は珍しく表情が変わる蓮を
不思議そうに見つめる。蓮はハッとして頭を抱えると、ふーっと息を大きく吐いて言
った。こうなったらこちらも覚悟を決めるしかない。


「とりあえず・・中庭行く?」
「中庭?」
「うん。俺のとっておきの散歩場所」


蓮が冷静を装い穏やかな口調で言うと、爽子の顔がぱぁぁっと輝いた。蓮は爽子の笑顔
に胸がズキッと痛む。その笑顔に翔太が重なった。


「その前にお花・・ここに置いていいかな?」
「花?」
「ゆづちゃんが蓮さんにって、学校へ行く前に積んできたの」
「・・・ゆづが?」


嬉しそうに爽子が差し出した花に蓮はハッと息を飲む。


「うん、お花と言うか・・たんぽぽなんだけど、ゆづちゃん大好きなの!」
「・・・」


小さな瓶の中で、鮮やかな黄色の花びらが踊っているように揺れた。蓮は思わず独り言
を呟いた。


「たんぽぽって・・花言葉あんの?」
「えっ!?」
「う”っ・・わり、柄にもないこと言った」


(何言ってんだ・・俺)


蓮が照れ隠しもあり苦しげに眉を顰めると、爽子はふんわりと微笑んだ。


「”真心の愛”とか”神のお告げ”とかが・・ゆづちゃんっぽいかなって思います!」
「・・・」


これだから・・と思う。何も言ってないのに彼女には通じてしまう。柄にもなく花言葉
が頭に浮かんだのはゆづの姿そのものだったから。黄色いワンピースを着て舞うゆづ。


あの夜もタンポポ畑に俺たちは居た。


タンポポ・・・)


俺はこの時、目の前の危機回避に精一杯でゆづからの小さな贈り物の意味を考えるこ
とが出来なかった。どんなことを言われても気持ちを悟られないようにしようとその
ことばかりが頭の中を占めていた。


何があっても・・・



しかし、蓮はこの後の爽子の話にその決意が簡単に揺らぐことになることになる。


後から考えたら分かりやすいほどのゆづからの贈り物だった。









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あとがき↓

お久しぶりです。桜もあっという間に散り、今年も桜を堪能出来なかったなぁ・・・
など一息つきながら思います。またまた間が空いてしまいましたが、この話再開します。
よろしくお願いします。