「Once in a blue moon」(92)


※ こちらは「Half moon」という話のオリキャラ(蓮)が中心となった話で未来話です。
  爽風も出ますが、主人公ではないので受け入れられる方以外はゴーバックで。

★「Half moon」は 目次 から。
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72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 の続きです。 

☆ 前半蓮目線、後半翔太目線でお互いの心情暴露です。













・‥…━━━☆ Once in a blue moon 92 ‥…━━━☆












”『今から考えたら・・・出会った頃からかもしれない』”


自覚したのはもっと後だった。見ないようにしようと思っていたことに気づいた時、
すでに落ちてたんだろう。それがいつだったかははっきりとは分からない。ただ翔太
との誤解があった仙台の夜、翔太が出て行ったアパートに一人、彼女が泣いていた。
彼女を巻き込んだことで俺は罪悪感に溢れていた。でも後から考えたらあれだけ感情
が動かされたのも久々だった。ずっと無機質な心で生きていると思っていたのに、そ
の瞬間なくなったことに気づいた飢餓感。無機質だと思っていた心が乾ききっていた
ことさえも気づかなかった。


「これが恋愛感情だと思ってなかったし、もしそうだとしてもどうするつもりもなか
 った。恋愛なんて幻想だと思ってたし、何よりお前達を見ているだけで幸せな気持
 ちになれた・・・嘘だと思われても仕方ないけど」
「・・嘘なんて思わないよ。そうじゃなきゃ、今までの蓮との付き合いを全部否定す
 ることになる」


翔太は暗い面持で言った。蓮はそっと視線を下に向けて続ける。


「幸せになって欲しい。本気でそう思っていた。でもそれは自分の中の罪悪感なんじゃ
 ないかって段々思うようになっていった」
「・・・美穂さんのことの?」
「・・・」


蓮はすぐには返事が出来ずに一呼吸置いて顔を上げた。そしてしっかりと翔太の方を
見た。


「最初はそう思っていたけど・・・。違うことに気づいた」
「!」


ドクドクッ・・と体中が心臓のような感覚に陥いる。翔太の刺さるような視線を受
けながら俺は告げた。はっきりと。


「俺、彼女が好きだよ。黒沼爽子」


二人の間に少し強めの風が吹き抜ける。その風が蓮にはより冷たく感じた。そして
鋭い視線に耐える。


もう、逸らしてはいけない。これ以上、翔太に嘘をつきたくない。


「風早・・爽子だな」


自分の声が自分ではないような感覚でそう呟いた。この名前を翔太の前言う時が来る
とは想像もしなかった。この事故がなければ告げることはなかったかもしれない。


「恋愛なんて幻想と思いながら彼女のことを思うと温かい気持ちになれた。だけどそ
 の後襲ってくる苦しいほどの痛み。その想いだけでお前を裏切ってると思った」
「・・・蓮」


翔太はぐっと唇を噛んだ。辛そうな表情を感じながらも蓮は言葉を続けた。


「お前たちが結婚して離れたことで実はホッとしている自分がいた。想いが暴走して
 しまうことが怖かった」
「それなのに転勤が決まった」
「・・・」


蓮に代わって翔太が代弁した。蓮は翔太を真っ直ぐ見据える。緊迫した空気が二人に
漂っていた。


* *


(蓮・・・)


翔太は”さわこ”という名前を蓮の口から聞くと、焦燥感が胸いっぱいに広がった。
初めて聞くというのもあるがそれだけじゃない、特別だと分かっていたからだ。


ぎゅっ


翔太は拳に力を籠めながら続けた。


「恋愛は幻想と言えなくなったんだよな。初めて本気で恋をしたから」
「・・・」
「蓮が爽子を好きになるの、分かる気がするんだ。二人はどこか繋がっている気がし
 てたから」
「え?何言って・・っ」


焦燥感・・・今さらだと思う。俺は分かっていたのだ。きっと二人が出会った時から
そうなることが。潜在的に持っていたモノ


「初めて危機感を覚えた。蓮が相手なら負けるかもって・・・さ」
「え!?」
「勝ち負けじゃないんだけど、爽子をもし失うとしたら蓮みたいな男が現れた時だと
 どこかで思っていた」
「そんなことあるわけ・・・っ!」


強く言い返す蓮の言葉を飲み込むように翔太が翳りのある目をして言った。


「この世に、絶対なんてないから」


”この世に絶対なんてない”


自分はあったとしても、爽子の気持ちに揺るがない自信なんてない。結婚という紙切れ
はモラル的にお互いを縛るだけ。何よりも俺は真実が大事だった。本当の好きでなけれ
ば何の意味もなさないのだ。
今から考えたら仙台時代、なぜ爽子とすれ違った時に蓮ともぎこちなくなってしまった
のか?秋山さんや美穂さんが絡んでいたこと、蓮に軽蔑されそうで怖かったこと、そん
なことが色々重なって自分の弱いところを見せたくなかった。
でも・・・それだけじゃない。


「・・翔太?」


無口になり考え込んでいる様子の翔太を蓮は不安そうに見つめる。翔太は今思い浮かん
だ思考に囚われて動けなくなってしまった。


「・・そうか」
「え?」


・・あの時、なぜ蓮を避けていたかというと無意識に蓮が危険だと気づいていたからだ。


「俺ってサイテーだな」
「え?・・翔太?」


翔太は奥底に眠らせていた自分の姑息さに気づき、辟易するように薄ら笑いを浮かべた。
どこまで自分は欲深いのかと・・・。
爽子を手放したくなくて、蓮さえも遠ざけようと本能的にやっていた。


「今頃、はっきり気づくなんて・・」


翔太は手で顔を覆い俯いたまま肩を落としている。そしてかなりの間の後、ゆっくりと
顔を上げると憂いを含んだ目で蓮を見上げた。その目は充血していた。


「・・罪悪感なんて持たなくていいんだ」
「・・・」
「俺も同じだよ・・俺も裏切っていた。蓮を十分裏切っていたよ」
「何ってんだよ・・翔太は何も悪くない!」
「俺は・・蓮を信用することで蓮を追い詰めていた・・っ。心のどこかで蓮が動きださ
 ないように、”爽子は俺のだ”って・・見せつけてたんだっ」


翔太は目を充実させたまま、自分を必死で保つように目に力を入れて蓮を睨んで言った。
蓮は唖然と翔太の言っていることを聞いていた。そしてしばらくの間の後、目が点状態
になり、くっくっくっ・・と笑い出した。


「れ、蓮??」


今度は翔太が唖然となる。


「あっ・・ははっ。どこまで真っ直ぐなんだよ。少年みたいな奴だな。いつまで経っても」
「え・・?」


蓮はそう言うと目尻を下げていつもの口調で言った。


「ただ・・・好きってだけじゃん。ものすごく、彼女のこと好きってこと」


翔太は蓮の言葉にハッとするが、すぐに焦ったように言い返した。


「だけど正々堂々と聞けばいいのに、ずっと心の奥底に仕舞いこんで蓮に何でも相談し
 てさぁ・・・俺ってほんとっ・・」
「翔太・・いや、お前そんなあくどい奴じゃないし」
「買いかぶりだよ!俺腹の底は黒いって・・特に爽子のことになるとめちゃくちゃ、黒い」
「翔太が黒かったら俺真っ黒けだよ」
「いや、俺の方が・・・」


二人は無言のまま目を合わせるとどちらともなく、ぷっと噴き出して笑った。緊迫した
場面のはずなのになぜか笑いが止まらなくなった。そして蓮はふーっと大きく息を吐く
と遠い目をして言った。


「お前たちとずっと笑い合っていたかった。そう・・出来るはずだった。麻美と一緒に
 いると嬉しそうに笑う彼女に”あぁ、これでいいんだ”って思った。思っていたのに・・
 俺はどこまで欲深いんだろう、麻美を傷つけてまで、何も望んでいたんだろう・・」
「違うよ、蓮」
「え?」
「反対だよ。自分に対して欲がないから相手の幸せだけしか見えなかったんだよ。だけ
 ど蓮は正直過ぎたんだと思う」
「・・・」
「瀬戸さんは自分の幸せをちゃんと描いていた。その幸せに蓮がいた。その恋は本気の
 唯一無二の好きだったから今の蓮を受け入れることは出来なかった」
「・・うん」
「つまり・・魂が揺さぶられるかどうかなんじゃないかな」


魂を揺さぶられる相手はきっと同じ。理屈なんかじゃない。そして止めようと思っても
勝手に動き出す想い。蓮は自分に対しての欲がない。もし欲を持っていたらその想いの
先を思い描いたはずだ。だけどそんな蓮だからこそ、苦しみ続けたのだ。


「この想いを知っているから、俺は蓮を責めること出来ないよ」
「・・・翔太」


翔太の哀しそうな声だけが静まり返る中庭に響いた。そして手を組んだまま翔太は頭を下
に向けた。


「ただ、一つだけ教えて欲しい」


翔太のくぐもった低い声がぞくっと蓮の身体を駆け抜ける。


「あの夜・・何があった?」


どくっ


真剣な翔太の視線を感じ、蓮の目が微かに揺らいた。


ずっと引っかかっていたあの夜。あの夜から爽子は何かを抱えているように見えた。
でもそれが蓮に関わっているような気がしてどうしても聞けなかった。もう二度と
仙台の時のような想いはしたくない、何があっても向き合うとあの時誓ったはずな
のに俺はまた繰り返している。


もう逃げたくない。


蓮からも、そして爽子からも・・・






「Once in a blue moon」93 へ















あとがき↓

Half moon」を読み直して翔太がどうして蓮と気まずくなったかを掘り下げて考えて
みました。ここに入れられて良かったです。頑張って最後までいくぞ〜〜!!