「Once in a blue moon」(71)


※ こちらは「Half moon」という話のオリキャラ(蓮)が中心となった話で未来話です。
  爽風も出ますが、主人公ではないので受け入れられる方以外はゴーバックで。

★「Half moon」は 目次 から。
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☆仙台旅行が終わって日常が戻った翔太たちだったが・・・




















・‥…━━━☆ Once in a blue moon 71 ‥…━━━☆












「え・・・?」


北海道はお盆過ぎると、もう秋の足音が聞こえてくる。そんなある日、翔太が暗い表情
で仕事から帰ってきた。あの仙台旅行は蓮が熱を出して帰ることになったので、あれか
ら仲間たちの集まりはなかった。仲間たちは麻美と蓮が一緒に帰ったと思っていた。蓮
と麻美の仲たがいを知っているのは爽子と翔太だけだった。


「蓮さんが会社を辞めた?」


爽子は持っていた皿を落としそうになった。


「いや・・厳密に言うと長期休暇?らしいけど」
「・・・」


翔太が休み明け会社に行くと蓮に会うことはなかった。元々部署が違うので会わない
日の方が多いが気になりメールをすると返事がなかった。一週間姿を見なかったので
部署に会いに行くと蓮が辞表を出したという話を同僚から聞く。だが受理されなかっ
たそうだ。今や部署の主軸となっている蓮を簡単に辞めさせたくない上司の気持ちは
分かる。それにやっていた仕事もあったはずだ。責任感が強い蓮が中途半端に仕事を
投げ出すとは思えなかった。すると後輩にあたる社員が最近やたらと引き継ぎのよう
なことをされていたので気になっていたと言っていた。


「・・・・」


翔太と爽子は無言になるしかなかった。しばらくの沈黙を破ったのは翔太だった。俯
いたまま拳をテーブルにぶつける。


「結局・・・俺は何も出来ないんだ。蓮が何かに苦しんでいるのは分かっていたのに
 その苦しみを分けてもらうことはできなかった」


身体を震わせて泣いている様子の翔太を爽子は哀しそうに見つめる。


「俺は・・蓮にとってそんな存在なんだ」
「・・・っ・・・それは違うよ!」


爽子は拳を握りしめて強い口調で言った。翔太は思わず顔を上げる。


「きっと蓮さんにとって翔太くんは大切な存在なんだよ。でも・・それ以上に苦しみ
 が大きくて・・・っ」
「爽子・・」


翔太は神妙な顔で爽子をじっと見つめた。


「・・蓮は仙台でなんで瀬戸さんと喧嘩したんだろ。あれだけ仲良さそうだったのに
 それが原因なのかな。喧嘩の原因知ってる?」
「ううん・・」


ぷるぷると爽子が首を横に振ると、翔太は一瞬寂しそうな顔をしてため息をついた。


「仙台に居た時はもう少し蓮を近くに感じたけど、今はすごく遠く感じる。ねぇ・・
 爽子は蓮が瀬戸さんに本気だって思ってた?蓮が苦しんでるのは瀬戸さんとのこと
 だと思う?」
「えっ・・っと」


爽子はぐいぐいと意見を求めてくる翔太に少したじろつく。そんな爽子の様子に気づ
き、翔太はハッとして申し訳なさそうに顔を手で覆って椅子に脱力する。


「・・ごめん。俺、相当参ってるみたい」


そんな翔太にせつなくなり、爽子の胸はきゅんっとなった。翔太は誰からも好かれる
し、友達もたくさんいる。だが心を許して本音を漏らす人間は少ない。意外と人に対
して慎重な翔太が信頼する親友の一人が蓮だ。その蓮に寄り添えない辛さが爽子には
よく分かっていた。大切だと思えば思うほど、苦しくなる。


(翔太くん・・・っ)
 


ぎゅっ


爽子は翔太を背後から抱きしめる。翔太は爽子の温もりを感じ、せつない表情で爽子
の手に頬を当てた。


「ゆづは?」
「2階に」
「珍しいな。いつも爽子の側にいるのに」
「うん・・・最近、一人で居たいみたい」
「そっか・・」


二人は同じことを思った。蓮のことを察しているのかと・・・。
爽子は結月じゃないが、こうなることを感覚的に予想していたような気がした。あの
夜を境に何かが変わっていく。麻美とも連絡が取れなくなっていた。もう以前のよう
な4人の時間を持つことはないのか?麻美を苦しめているもの。蓮を苦しめているもの。


それは・・・?


どくっ


爽子は胸の奥に痛みを感じた。ズキン・・と疼く。


「爽子?」


翔太は動かなくなった爽子の顔を心配そうに伺う。爽子はしばらく眉を顰めたままじ
っと一点を見つめ、考え込んでいた。そして決心したように顔を上げる。


「爽子?どした?」
「私・・・ちょっと行ってくる」
「え?どこへ?」
「−麻美ちゃんのところ」
「え!?今から?」
「ごめん・・ごはん出来ているからゆづちゃんと食べていてくれる?」
「それはいいけど。俺送るよ」
「大丈夫。とにかく行ってくる」
「・・・」


バタバタ・・・がちゃんっ


爽子の決意の固い表情を見つめ、翔太はこれ以上入ってはいけないことを察してその
まま見送った。あの旅行以来、爽子の様子を少し変に思っていた。もちろん聞いても
”何もないよ”と返されるばかり。先ほど言い寄ってしまったのも自分の中のモヤモヤ
をぶつけたかっただけかもしれない。言ってくれない爽子に。もちろん遠恋をしてい
た時と違って迷うことはない。爽子を信じてる。でも・・この時直感的に思った。


”・・蓮に関係している”


翔太はどさっとソファーに腰を下ろすと、沈んだ目をして一点を見つめた。
実はずっと翔太にも胸に秘めている想いがあった。でもその想いはあり得ないことで、
頭の隅に追いやっている。考えたくもないし出てきそうになった時、自分の心の狭さ
と爽子を好き過ぎる自分自身の煩悩を責めた。壊したくないから。


「あの夜・・・」


翔太は頭を抱えながら心の声を口にしていた。ちょっとした爽子の変化も見逃すわけ
がなかった。四六時中、爽子のことしか見ていないのだから。何かに苦しんでいるよ
うに思った。


「ねぇ・・・爽子。蓮と何かあった?」


どうしても聞けなかった。気軽に聞けるはずがなかった。本当は心の奥底に仕舞いな
がらも棘のように引っかかっているのだから。その棘はいつから刺さっていたのだろ
う。蓮が北海道に来てから?いや・・・本当は蓮に爽子を会わせた時からなのかもし
れない。二人の空気感を見た時から、心のどこかに危機感を覚えていたんだ。田口と
は全然違う危機感・・・


ぎゅっと頭を掴む翔太の手に力が入る。


でもそんなこと絶対あるわけない。そんなことを考える自分に辟易する。一人になる
と誰でも考えがマイナス方向へ行ってしまう。それだけ・・


「ーよしっ!」


翔太は切り替えるように頭を上げて立ち上がるとドアのところで結月が立っているこ
とに気づき、びくっと身体を揺らした。


「び、びっくりした・・・ゆづ。ただいま」


結月もにっこりと笑って手を振る。言葉がない代わりにいつものように手で答える。
翔太は結月に今の姿を見られたと思い、焦燥感を覚える。結月が下りて来たことも分
からないほど考え込んでいたらしい。


(何やってんだ・・・俺。子どもを不安にさせる姿を見せるなんて)


「ゆづ、お母さんちょっと出かけたから父ちゃんと食べような」


翔太は努めて明るく言った。結月はじっと翔太を見つめると静かに椅子に座った。


「よし。今日もお母さんのごはん美味しそうだよ。さ、食べよ〜〜!」


この日、翔太は空元気しか出せなかった。必死で繕うような自分も鋭い結月には見抜
かれているだろう。


この夜、爽子は帰ってこなかった。麻美と夜通し話をするとメールがあった。こんな
ことは今までなかった。蓮と麻美にとって一大事なのだろう。


でも、爽子は関係ない・・・


心の中でそう思ってしまう自分の狭さに嫌気がさすが、それが本音のところだ。


* *


がらっ


結月を寝かした後、翔太は窓を開けて夜空を見上げる。透き通った夜空に星が輝いて
いた。ひんやりとした風が肌に触れる。


「一体・・蓮、どこ行ったんだよ。もういいかげんに・・・」


”楽になれよ”・・・そう言って楽になれるはずがないことを知っている。ずっと苦し
んできたのだろうから。一人で抱え込んで。分けて欲しいと言っても何も言わず。


とくんっ


俺に・・・言えなかった?


「っ・・・俺だから・・言えなかった?」


翔太はしばらくの間呆然としたまま立ち竦むと、ぶんぶんっと頭を振って暗い表情の
まま窓とカーテンを閉めた。




早く帰ってきてほしい。
こんな不安な夜は爽子を抱きしめて眠りたい。




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あとがき↓

爽子も翔太も巻き込んで話が進んでいきます。まだ頑張る!