「Once in a blue moon」(72)


※ こちらは「Half moon」という話のオリキャラ(蓮)が中心となった話で未来話です。
  爽風も出ますが、主人公ではないので受け入れられる方以外はゴーバックで。

★「Half moon」は 目次 から。
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☆蓮が会社を辞めると聞いて爽子は決心を固める。ずっと向き合えなかった麻美の元へ走るが・・・














向き合うのは今だと思った。自分の中で完結していたら何も始まらないのだ。話をし
なければ相手の思っていることは分からない。自分の想いを伝えることを諦めてはい
いけない。それを教えてくれたのは翔太くん。


伝えたい・・・届けたい・・!と翔太くんに会えて強く思ったの。


そして届いた時、自分の頭でぐるぐる考えていたことがどれだけ無駄なことかを知っ
た。この世に生まれて出会った大切な人。

相手を大切に思えば思うほど・・・分かって欲しい。届けたい。


私のキモチ




・‥…━━━☆ Once in a blue moon 72 ‥…━━━☆








(はぁ・・はぁ)


荒い息を整えて、気持ちを落ち着かせ、強い意志を持ってドアのベルを押した私だっ
たが、意外にもそのドアは簡単に開かれた。


かちゃ


麻美はドアの前の爽子を見て一瞬驚いた顔をしたが、案外あっさりと爽子を中に入れ
る。爽子は拒否されることを覚悟してきたので少し拍子抜けした。


「お、じゃま・・します」


(ドキドキ・・する)


麻美に会うのは仙台旅行以来。爽子は緊張気味にゆっくりと中に入らせてもらう。
ここまで送り届けたことはあるが、その時は時間がなくて中に入ることはなく別れ
たので入るのは初めてだった。中は1DKほどの広さで麻美らしくシンプルでセンス
の良い色合いでまとめられている。どちらかというと女子の部屋にしては物が少な
いと感じた。
ぎこちない動きの爽子を麻美はテーブルの前に誘導すると座布団を用意した。


「ありがと。ご、ごめんね・・っこんな遅く」


麻美はプルプルと頭を横に振ると台所に向かいお茶を入れ始めた。ずっと笑顔はない。
言葉もない。ドアを開けてくれた時から前のように好意的ではなく、明らかに表情が
固かった。爽子はじっと麻美の背中を見つめる。


(麻美ちゃん・・・)


蓮と麻美の間に何かあったと分かっているが聞く勇気がなかった。心配しながらも結局
踏み込むことが出来なかったのは自分。どこまで入っていいのか分からなかったという
のは逃げだと思った。例え、自分が関係していたとしても・・・


「あ、あのね、麻美ちゃん!”星の王子さま”って本知ってる?」
「え?」


紅茶を運んできた麻美は爽子の言葉に眉を顰めて、固い表情を向ける。


「まぁ、一応」
「私・・・あの本が好きで、子どものころからずっと好きで・・・。でも大人になって
 もう一度読むとね、大人の本だなって思うの」
「・・・・」


麻美は爽子の意図が分からず眉を顰めたまま聞いている。


「王子さまは自分の星に咲いていた一輪のバラを大切に思うの。お世話をするにつれ
 てバラは”特別”になっていくの。バラも王子さまがすべてで、独占欲が出て我儘を
 言ったり寂しがって王子さまを困らせたりするのだけど、それはバラも王子さまが
 ”特別”だから。特別に関わった以上は責任がある」
「・・・・」


爽子はそこで区切って真っ直ぐ麻美を見つめた。その目は穏やかでそれでもって真摯
な瞳だった。


「麻美ちゃんは・・・私にとってもう”バラ”なの。特別だから、ちゃんと気持ちを
 伝えたいと思った。麻美ちゃんの気持ちも知りたいと思ったの」


麻美はゆっくりと視線を上げる。怯えたような弱弱しい瞳は真っ直ぐな爽子の瞳を捉
えた。爽子はふんわりと微笑んだ。


「麻美ちゃんは迷惑かもしれないけれど・・・向き合いたいと思った。私・・っ私っ
 ・・私も麻美ちゃんの”バラ”になりたい」
「・・・っ」
「絶対・・諦めたくないと思ったの」


しばらくの間の後、麻美はぎゅっと顔を歪めると爽子に背中を向けて正座したまま肩
をふるふると震わせている。


(お、怒らせちゃったかな・・・っ)


爽子はハラハラしながらそんな麻美の様子を窺う。たったそれだけの言葉では伝わる
わけはないと思っていた爽子だったが麻美には十分伝わっていた。爽子と出会ってか
ら色々知ってしまった新たな自分。変わってしまった感情。それは麻美にとって一番
心に影を落としていることだった。


「麻美ちゃ・・・」


震えている背中は明らかに泣いているように見えた。爽子はそんな麻美にたまらず手
を差し伸べようとした時、麻美が言葉を発した。


「爽子さんは・・・何も悪くない。悪いのは私っ・・くっ」


麻美は嗚咽しながら必死で口を開く。


「離れようとしていたのは私。本当は大好きなのに・・・っ離れたくないのに」
「麻美ちゃん・・・」


爽子は胸に置いた手にギュッと力を籠めながら瞳を潤ませる。麻美はゴシゴシと目を
擦ると、身体をくるっと爽子に向き直して赤い目で真っ直ぐ爽子を見つめた。視線を
逸らすことはもうなかった。


* *


結局は爽子さんの純粋さにやられてしまう。私が憧れてやまない人。その愛の大きさ
に包まれてしまうのだ。こんな人・・どこ探してもいない。
だから蓮の気持ち、分かるよ。


「ははっ・・思いっきり泣いてしまった」


麻美は一通り泣いて落ち着くとゆっくりと語り出した。最初の頃の表情とは違い、悲
しげな表情ではあるが、麻美らしい真っ直ぐな瞳をしていた。


「蓮と・・別れたの」
「!」


落ち着いた口調で麻美は言った。


「知っていると思うけど仙台に行ったあの日、私は蓮と喧嘩別れして先に帰ったの。
 それからしばらく蓮と連絡を取らなかった」
「・・・」
「なんで喧嘩したか聞かないの?」
「きっ・・聞いていいの?」


申し訳なさそうに言う爽子に麻美はふっと笑みを零した。


「あの仙台は・・私たちにとって転機だったと思う」
「・・・」
「私は蓮に対してずっと疑っていたことがあったの。でもいくらその想いをぶつけて
 も蓮は私に向き合ってくれることはなかった。本音がどうしても見えなかった」


麻美のせつない表情に爽子の胸が苦しくなる。


「でも昨日・・蓮がここに来たの」
「え・・?」
「そして・・”別れよう”って言われた」


麻美は冷静に見えた。一度緩んでしまったら崩れてしまうのが分かっているから感情
を抑えて言っているのだろうか。それとも覚悟していたというのか。
爽子は胸がズキズキと痛んだ。


「麻美ちゃんは・・何て?」
「・・・理由を聞いたよ。一応」
「一応って・・・」


驚いた様子の爽子見て、麻美は寂しげな笑みを浮かべた。


「あの日の夜・・仙台の人たちとの飲み会の後ね、美穂さんに会ったの」
「え??」


驚嘆した表情の爽子を見て寂しげに口角を上げると、穏やかな口調で続けた。


「実は・・・昨年、一人で仙台に行ったの。蓮の過去が知りたくて。そこで美穂さん
 に初めて会ったの。だから今回2回目」
「・・・・」
「蓮と一緒にいるところで会った」


そしてつらそうに顔を歪めている爽子を真っ直ぐ視線を向け、麻美ははっきりと言った。


「私達が別れたのは美穂さんが原因じゃないよ」


爽子の瞳がぴくっと揺らいだ。二人は視線を逸らさず見つめ合う。時を刻む時計の音
がやたら大きく部屋中に響き、ぴんっと張りつめた空気感が漂う。麻美はピクピクと
痙攣するように震える口元を押えながら口を開こうとしたその時・・・


「−私・・?」


爽子は躊躇せずに静かにでもはっきりと言った。麻美は昨夜の蓮の想いが頭の中を駆
け巡る中、爽子が言った言葉に驚愕していた。


「・・え?なんて?」


確かに”・・私?”と言った。それはつまり、蓮の気持ちを知っているということになる。


私はかなり驚いた顔をしていたのだろう。爽子さんはさらに苦しげな表情になった。
でも覚悟を決めたような強い意志を持った目にすぐに戻った。かなりの強い決心をし
てきたのだと思う。そうでなければこんな夜に、それも仙台旅行以来会っていないの
に気まずい中来ないだろう。
麻美は爽子の言葉を静かに待った。


「あの夜・・麻美ちゃんが帰った仙台旅行の夜、蓮さんが熱を出したのは知ってる?」


麻美はぷるぷると首を横に振った。知らない事実に集中して耳を傾ける。


「ゆづちゃんがそれに気づいたの」


爽子さんが語った事実は信じられないような話だが、私には信じられた。以前から二人
の間には目に見えない絆のようなものを感じていた。その時のことを丁寧に話してくれ
る爽子さん。


「ゆづちゃんが蓮さんの手に私の手と、ゆづちゃんの手を重ねてね・・それで、信じら
 れないかもしれないのだけど・・・感じたの」


蓮さんの気持ち・・・


言葉より感覚の方が爽子さんには有効だろうと思う。言動では恋愛に鈍い爽子さんが気
づくことはなかっただろう。こんなことが起こるなんて。昨夜、蓮は全てを私に話して
くれた。今まで頑なに本音を漏らさなかった蓮がなぜ・・?と思った。疑問に感じた私
はその理由を聞いた。すると・・・


『・・麻美に偽るのは一番ダメだと思ったんだ。せめてもの償いなのかな・・』


蓮はそう言った。誰への償いなのか聞いても答えてくれなかった。孤独に満ちた目をし
て微笑むだけ。


すべて・・繋がった。


麻美は視線を下ろすと穏やかな表情で言った。


「驚いた・・・よね?」
「えっ?・・・な、何が」
「え、だから蓮の気持ち知って」
「え、え??麻美ちゃん、今言ったこと信じてくれるの?」
「・・ゆづっちのことは分かるよ。感覚が鋭いからそんなことも起こりうると思う」


通じた嬉しさなのか爽子さんは柔らかい笑みを浮かべる。そう・・私は二人を分かっ
あげられる少ない人間の一人だという自負がどこかにずっとあった。だから私にとっ
ても二人が”特別”だったのだ。


「それに・・本当のことだから」


爽子の瞳が不安げに揺れる。そんな爽子を麻美は落ち着いた表情で見つめた。


「蓮は爽子さんが好きだよ」


どくん・・


お互いの心臓の音が聞こえたように思った。何とも言えないような爽子の顔を見て、
麻美は思わず吹き出す。


「えっ!?」
「あ、ごめん、今日、百面相させているような気がして」
「あっわっ・・おはずかし」


麻美が笑っているのを爽子は不思議そうにじっと見つめる。


「え?何?」
「あっ・・ごめんなさい。妙に冷静なので驚いてしまって・・・」


考えてみればそうだろう。私にとって爽子さんはライバルになるのだし、別れた原因だ
し、顔を見たくない相手。不安そうに爽子さんの瞳が揺れる。私はふっと頬を緩めた。


「もう・・・通り過ぎちゃった」


今までのことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。これだけ長く付き合っていて、初め
て向き合ったのが昨日。今までで一番近くに感じる蓮。


”好きになって良かった”


・・・と心からそう思える自分がいた。




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あとがき↓

次は蓮と麻美の昨日の出来事です。蓮の想い暴露。